2013年12月28日

今の時間の流れを感じる☆

かつて、アインシュタインは光の速度で移動すると、移動しているモノと
それ以外の世界とでは時間の流れが違うと言いました。

光の速度で移動しているモノは時間が遅くなり、周りの世界は時間の流れが
移動物に対して速い、つまり、光のスピードで走る宇宙船に乗って1年旅をしてくると
地球にもどる頃には何千年とたっている、と言った感じです^^
実際、光のスピードで一年移動したら、外の世界がどのくらい時間立っているかは
おいらにはわからないのですが(調べてないので)、わかりやすく言うとそういう感じなのですw


普段、時間というものを観察してると、時と場合によって
時間のたち方が違って感じられることが多々あります^^

夢中になっているときは時間のたつのが早く感じ、暇でボーっとしていると時間が遅く感じる!
また、よく知っている道を歩くと遠く感じないのに、同じ距離でも知らない道を歩くと遠く感じる。
この遠い、近いもある種の時間の感覚だと考えます^^w

これは人間の感覚的な認識による時間です!
が、おれら人間の認識しているものが、おれらにとってはすべてなので
客観的な視点はこの際必要ありません^^

目に見えるものも、聞こえる音も、臭いも、肌の感覚も、そして時間までも
すべては人間の認識によってなりたってるものでそれ以外にはありえない^^
人間が発見していないものは機械でも測れません。
こと、時間に関しては周囲を流れる時間は測れるけれど
人間の内部を流れる時間は現代科学では測ることができないw


さて、話を戻して、人間にとっての時間は状況によって変わります。
そして、光の速さで移動した時に移動物とそれ以外の世界の時間の流れが
変わるというのなら、時間のずれは大きくなくても速く移動するものと
それよりも遅く移動するものとでは時間の流れが違うのではないか??

と、勝手に考えたわけです^^w

それに沿って考えてみると、止まっている時、歩いている時、走っている時
自転車に乗っている時、車に乗っている時、すべてに置いて時間のたち方が
感覚的に違い、なおかつ、見える景色も違って見えるということに気づきます^^w

また、集中している時というのは脳の思考の回転が非常にスムーズで速いことが多いです。
そして、ぼーっとしている時、暇な時というのは頭の回転が遅く、どこか滞っているときです!
移動スピードではないけれど、頭の回転スピードが速いほうが時間のたつのが速く感じられ
頭の回転スピードが遅い時のほうが、時間がゆっくりに感じられる。

ですが、一方ですごく一生懸命働いて動いたのにちょっとしか時間がたってないかのように
感じることがあるはずです^^その場合はどうなのか?それは時間の感覚と自分が意識的な
思考で期待していることのギャップによるもので、時間の感覚だけで考えたら速く過ぎているはずなんです^^

いっぱい、動いたから1時間は立っているはずだ!という思い込みがあるため
30分しかたってないと、遅く感じるのです^^これが、最初から思い込みや期待が
なければ、もう30分もたったのかと感じるはずです^^w

ついでに言うと、おそらく時間の流れの感覚は物理的な移動のスピードより
頭の回転スピードの方に依存するのではないかと思います^^

もっと言うなら、その人の精神状態、魂の状態によって時間というのは変わってくるのでしょう^^w
秩序をもってスムーズにその人が流れている場合は早く感じて、滞り、スムーズでない時は遅く感じる。
エネルギーが落ちているときは遅く感じ、愛のエネルギーで満たされているときは速く感じる^^w

それを考えると、先ほどの慣れ親しんだ道、初めての道でもその人がスムーズに流れているときと
そうでない時とでは、時間の流れが変わってきて、初めての道でも遅く感じたり
慣れてる道でも速く感じたりするでしょう^^

こうして、突き詰めて考えてみるとその人のエネルギー状態が違うと
世界が違う、時間が違う、言ってしまえば次元が違う^^
これは人間がはっきり認識してないだけで、4次元の世界を無意識のうちに生きている
ことになるのではないかと思います^^w

このことに気づいたのは森を歩いている時でした^^
なんとなしに、ゆっくりと歩いてみると森の見え方がまるで違って見えた☆
森に流れている時間を感じるようになり、その時間の流れに沿って移動しないと
本当の森が見えてこないことも発見しました^^w

またゆっくりと移動すれば移動するほど、より、今現在の現実に近づく!^^
移動スピードが速くなればなるほど、現実からは遠ざかり、未来の妄想の世界を
生きているということにも気づきました^^w

未来は常に妄想の世界であり、過去は常に起きた事実を元に作られた
妄想の世界でしかありません^^w

現実は今、現在のこの瞬間にしか存在しないんです^^


スピリチュアルな世界でスローライフ、ゆっくりのんびりとした状態
瞑想、ヨガなどが実践されるのも、より現実の真実に近づくという意味も
込められているのではないかと思います^^w


人が愛のエネルギーで満たされている時、周りの時間が速く進んでいるということは
調和がとれていてエネルギーレベルの高い場所、つまりはパワースポットでは
周囲の時間の流れが速いのではないかと思います^^

時間の流れの速い場所はゆっくりと遅いけれど、速いというある種の矛盾した
感覚を感じます^^ゆっくり、ゆったりとリラックスしている雰囲気だけど
気が付くと時間はすごく過ぎていると言った感じです^^w

パワースポットではそこに流れている時間を感じ、それに合わせて動くことに
よってその時間の流れと一体となりゆっくり、ゆったりと、それでいてすごく速く
エネルギーに満ちた時間を生きることができるんです^^

言い換えると、そこに流れる時間を感じるということは
そこに流れるエネルギーを感じるということかもしれません^^w

光のスピードで移動すると時間が速く過ぎていくというのも
言ってしまえば、エネルギーレベルが高いがゆえのことなのかもしれません^^
人の持つ、エネルギーが光、純粋なエネルギーに近づくほど
自分の時間の流れは遅くなり、周りの時間の流れは速くなるのでしょう^^w


せかせかと、いろんな予定を詰め込む現代的な生活は、現実とは別の
妄想の世界に入り込む行為です^^w自分も周りも見えなくなり、エネルギーが落ちて
精神状態が不安定になって、それをごまかすためにより妄想の世界にのめり込んで行く
という悪循環になります^^w

人やモノが多いという状況もまた忙しさにつながりエネルギーを落とすことになります。
人やモノは密集しすぎないほうが良い^^w


時間の流れはどこも同じではなく、時間の流れを感じ
自分がどんな時間の流れを生きているのかを知ることが

 「現実」 を生きることになるはずです^^w

現実を生きることで、気付き、学び、エネルギーレベルを上げることができます。
エネルギーレベルが上がれば、自分の時間の流れはどんどん遅くなり
周りの時間の流れは速くなって、結果的に、不老長寿が実現できるのではないかと思います^^


時間の流れを感じるには、1時間くらいものすごくのんびりとゆっくりと動いてみましょう^^
頭も体もゆっくりとすることによって、現実を、現在を感じることができます^^w
そしたら、速く動いた時の時間の違いが感じられるようになり、時間の流れを
感じることができるようになるでしょう^^w


大切なことは、”今の時間の流れを感じ” ”今という現実を生きること”


あなたには今の「時間の流れ」が感じられますか?^^w



Cheers!  


Posted by Dice at 16:38Comments(0)

2013年12月26日

子育ては親育て

あるとき、ふと気づいたんです^^

子どもを育てるには、親が自ら成長する必要がある。
親が成長すれば、子どもも自然と良い学びを得る・・・・!と!


子どもを育てる、子どもの教育、そういったことに昔から興味があり
子どもが大好きで、大学の工学部で学んだものの、卒業して就職後
1年で仕事を辞め、保育士の資格も取り、保育園でのボランティアも2年半。

そうやって子どもを見てきて、保育園を見て、親を見て、周りの話を聞いていて
思ったことは、何かが足りない。何かが違う・・・・という違和感。


まず、保育園は子どものための施設ではなく、親のための施設である。
働きたい親、働かなければいけない親のサポートのための施設が保育園!

親のためには必要なシステムです!
それはそれでありですが、理想的には昔ながらの人間関係が戻り
隣近所で子どもの面倒を見るという体制が理想です^^

まだまだ、甘えたい盛りの子どもを親から離し、しかもわずか数人の保育士で
子どもを見るというシステムは保育士にとっても負担だし
子どもにもストレスで子育てという意味でもマイナス。
子どもは甘えたいときに甘えられない、助けが必要なときに大人の助けが得られないと
それが、小さなトラウマとなって心に蓄積されていきます。

保育園児、小学校低学年程度の子どもには大人が一対一で面倒を見る必要が
あるとおいらは考えます。それはまだまだ、心と体の発達が未熟過ぎて
子どもだけでは解決できない問題が多く、また、自分一人でで満たされない心を
満たすことができないからです。

満たされない子どもがどうなるか??
精神的に不安定になったり、他の子に対して嫌がらせをしたり
わがままを言ったり、モノにやつあたりしたり、無口で無表情になったり
ハイパーテンションで暴れまわったりなどなど、いわゆる悪い子の行動をとります。

言うなれば、満たされないゆえのストレス発散。
何かしらで、他人から注目を得ることによって満たされないエネルギーを満たそうとします。


ここで、若干、補足を入れます。

人間の心が不安定であったり、幸せに感じなかったりするのは
主に愛のエネルギーの不足によるものです。

これは大人でも子どもでも同じで、大人も子どもと同じようにいろんな方法で
他人の注目を集めて、愛のエネルギーを他人から取ろうとします。
しかし、人間が持つエネルギーは有限であり、他人のエネルギーを取れば
その人は満たされないと感じて取り返してきます。

こうしてエネルギーの奪い合いが起こり、一緒にいて居心地が悪くなってきたり
ケンカになったり、嫌味、嫌がらせなど口ゲンカ、間接的なケンカとして表にでてきます。

エネルギーの取り合い、エネルギーの流れはそのまま人間関係を反映したものです。

「相手に気を取られる」

という言葉があります。これはそのままエネルギーが取られるという意味です。
誰かに気を取られ、その人に注目すると、エネルギーを取られるんです。

この悪循環のエネルギーの奪い合いを止めるためには
宇宙の無限のエネルギー、愛のエネルギー、神のエネルギーなどなど
呼び方は様々ですが、自分が無限のエネルギー源とつながって
そこから直接エネルギー供給を受けることによって愛のエネルギーで満たされることが必要です!

愛のエネルギーについての詳細は過去に書いたこちらのブログを見てください^^


話を戻して、大人であれば学ぶことで自ら無限のエネルギー源とつながって
自分で自分の心を満たすことができます。最も、現代でそれが出来る人は
そんなに多くないというところが問題ではあるのですが^^;;

しかし、子どもはまだ、心も体も未熟であるためそれを学ぶことができません。
だから、どうしても大人が子どもにエネルギーを与えて、つまりは子どもを愛し
子どもに愛のエネルギーを送る必要があるんです。

この時、問題なのは愛のエネルギーは同時に一人の人間にしか与えられないという点です。
一人のお母さんが二人の子どもに同時にエネルギーを送ることはできないんです。
誰かに注目することでエネルギーを与えることができると言う話を先ほどしましたが
ふたり以上の複数のモノや人を同時に注目することは物理的に不可能です。

ある程度、子どもが大きくなるまでは子どもと大人は一対一で
面倒を見てエネルギーを送る必要があるんです。

これは子ども同士で遊んではいけないということではありません。
子ども特にある程度成長すると、常にエネルギーが不足しているわけでもないので
常に注目している必要はないし、子どもどうしで遊びに行くのも大いにありです!

しかし、一度、子どもが満たされなくなったり、子ども同士でトラブルを抱えて
親に助けを求めに来た時には、それぞれの子どもに一人ずつ大人がついて
愛のエネルギーを注ぎ、それぞれにアドバイスをする必要があります。


まずはなんといっても愛のエネルギーを送り、満たしてあげることが必要です。
そうでなければ、子どもは余裕がなく、大人の話を受け入れることができません。
その上で、大人は問題を解決するためのヒント、もしくは知識を与える必要があります。
必ずしも解決策である必要はありませんが、これも子どもの成長度合いに応じて
調整する必要があります。子どもがなるべく自ら学べるようにしていくのがベストです。

しかし、どんなアドバイスをするにせよ、最低限、愛のエネルギーを送る必要があります!!


愛のエネルギーを送るには、単純に子どもを愛してあげれば良いのですが
実はこれが人によってはとてもむずかしい。。。

人間はエゴによって非常に利己的で、純粋に他人を愛するという事が
なかなかできなくなっています。特に現代の物質、経済、利益社会に染まっている人には
非常に難しいことです。

まずは大人が自ら成長し、子どもに愛のエネルギーを送れるところまで
人間的に成長しなければいけません。そうでなければ、親になってもうまく子どもを
育てられずに終わるでしょう。また、親でなくとも自らを成長させる必要があります!
なぜなら、子どもと接する機会は多かれ少なかれあるはずですし
親以外の人間が親の子育てをサポートしていくのが理想だからです^^

また、良いアドバイスをするにしても、多くの知識と経験を積んで人間的に
成長をしていないと、これもまた難しいことです。

そして、もう一つ気がついたことは子どもは心と体が未発達であるがゆえに
言葉で話したことは実践しないけれど、親がやっていることは良いことも、悪いことも
全部真似をするんです^^w

この事実に改めて気づいた時は自分でも衝撃的でした!!
どうしてこんな簡単な事に気づかなかったのか。。。

子どもに教育をしようとするならば、まずは親が子どもに伝えたいことを
すべて自らが日常生活の中で実践しなければいけないんです!^^
子どもは親を見て、親の生き方を見て学びます。

また、言葉で言われても、親が実践してないことは
なんで親がやってないこと、やれないことを自分はしなければいけないのか??
と子どもながらに理不尽な気持ちになるものです。


さて、子どもを育てるには、子どもに良い教育をするには
親自らが人間的に成長しなければならないと言うことがお分かり頂けたでしょうか?^^w

ここで、一つ注意です!!^^
親が成長しなきゃいけない、親がしっかりしなければいけないからと言って
完璧になる必要はないということです!^^w

人間であるがゆえに完璧にはなかなかなれません。
失敗もあるし、間違いもある。大事なのは成長しようとする姿勢と
失敗や間違いに対する姿勢です。常に正直で誠実であることです!!

また、完璧であると子どもはプレッシャーをうけてかえって窮屈に感じるものです。

もちろん、日々成長し、より完璧に近づくように、理想に近づくように努力をするべきですが
頑張り過ぎたり、変なプライドを持ったりしてはいけません^^w
ただ、純粋に実践していけばいいんです!子どもに見せようとしなくても
子どもはちゃんと見ています!大人が思っている以上に!

そして、何より、親の心の成長こそが大事なのであって社会的な常識や
礼儀などをしっかりと実践する必要はないし、かえってそれは害悪になりかねません。

本来、社会常識、礼儀というものは人間の心からでる優しさが行動となって
現れたものです。つまり、心が伴わない礼儀作法は機械的で心のこもらない挨拶と同じです。
心が成長していれば、自然と礼儀作法も身につきます。
社会常識なんて言うものは大半がただの形式的な儀式みたいなもので
無駄な思い込みであることが多いです。これは人間関係にとってマイナスになることが多い。
本当に大切なことはなんなのか?ということをしっかりと見据えて理解する必要があります。

人としての成長については過去のブログにもいくつか書いているので見てください!


子どもは親を見て育つ、子どもは親のやることを真似する
子どもを育てるには親が成長しなければならない、ということがわかって頂けましたか?^^w

しかしながら、人間にはそれぞれ個性というものがあります。
親が実践したからといって、それ全部を子どもが実行するわけではなく
親が言葉で教えたこともまた、すべて伝わるわけではない。

子どもが自らの意志で選び、学び、自らの人格と人生を作っていくんです!^^

子どもを親の思い通りに育てようなんてしてはいけません。
子どもには子どもの人生があり、人格があるんです!!

親にできる最大限のことは、自らが成長し、自らの生き方をただ見せることのみ!^^
それ以上のことはできないし、する必要もない。

もし、親が子どもに生き方を強要しようとすれば、子どもの心は歪んでしまうでしょう。

子どもに限らず、他人に何かを強要することは基本的に良くないことです。
その人の心の自由を侵害する行為だからです。
他の人のために自分にできることは、自らが成長し、自分の今までの知識と
経験を必要に応じて語ってあげることだけです。


子どもを育てるというのは非常に難しい仕事です!^^
しかし、実際、気づいてしまえばとてもシンプルでもあります!

子育てにおいても、自分の人生をより楽しく、より良く生きるためにも
しなければならないのは、まずは自分のこと、自らの成長、進化!!


他人のためでなく自分のために・・・
過去でも未来でもなく、今現在をただひたすらに一生懸命生きていきましょう^^w



Cheers☆  


Posted by Dice at 11:53Comments(3)

2013年12月13日

現実とスピリチュアリティ☆

おはようございます!!!^^w


先日はタオとスピリチュアリティについてお話しました!^^
それも一重にこのテーマのための伏線・・・・
にしては、ちと難しい内容でしたが、あれもおいらが
思いついたことの覚書なのでwあしからずw

前回のブログを読んでなくて、より深いレベルで
スピリチュアリティについて知りたい人は読んでみてくださいw


さて、前回のブログで言いたかった、一番大切なことは!

「スピリチュアルな修行の一番基礎となるのは物質的な日常生活である!」


ということです^^w


私達は肉体を持った3次元の物質世界に住んでいます^^
だから、人間の本質が魂だろうとなんだろうと
この物質的な肉体という存在はどうしたって無視できないのです!!

タオの修行の最初の段階にしてすべての修行のベースとなるのが「日常生活」!

健康的な食事、生活習慣こそがベース!
そして、それは継続的に維持していかねばならないとしています!!


私はセラピストをしていて、健康や人間の体、心について日々、勉強していて思います!
また、お客様に触れ、話を日々聞く中でも感じます。

「心の健康は体の健康であり、体の健康は心の健康である」と!


心と体のつながりについても、最近、ブログに書きました^^

「個性と人格、体の歪み」
http://naturallife.go-jin.com/e49630.html


つまり、この3次元の物質世界に生きている限り
肉体と心は切っても切れない関係なのです^^w

だからこそ、スピリチュアルな修行のベースが日常生活なんです!!


しかし、世の中にはスピリチュアリティと言うと
心や精神性、エネルギーの修行で食べ物や日常生活は
関係ないと思っている人も多いです!

また、そこまで思ってなくても、日常生活がそこまで大切だとは考えてません。


おいらの考えでは、現実とスピリチュアリティの間に違いも差もないんです!^^
両方は一つの道であり、同じものです☆

体を整えて初めて精神が安定し、精神が安定して初めて霊性が高められる^^
すべては繋がった一本の道、すなわちタオ(道教)なんです^^

ぼくにとっては日常生活のすべてが修行であり学びです!^^
実際、辛い修行なんかしなくても日常生活には十分に辛いことがたくさんあります!
そして、その中から学ぶことがたくさんあります!

瞑想やその他の修行は、日常生活を普通に営んでいると
なかなか気づかない、進化の学びに気づきやすいように補助的に行います。
また、より高いレベルで霊性を高めるときにも行います。

しかし、スピリチュアルな修行とは本来、単に日常生活を整え
その中から、学び、気付き、意識のレベルをあげることだと思います!^^

なぜなら、私達は学ぶためにこの世界に生まれ、生きているからです!^^
この世界に生きることがそのまま修行なんです!^^


一般的に現実を物質世界、スピリチュアリティを精神世界と
区別していることが多いですが、その認識は少し違います^^w

物質世界と精神世界は本質的には同じもので
みなさんが考え、現実だと思っている世界は、夢の世界、幻なんです^^


一般的なイメージとして会社で朝から晩まで死ぬほど働いて
家庭をもって日々を一生懸命生きている人たちの世界をさして現実と言うみたいですが
おいらから見るとそれは現実ではなく夢の世界です^^

忙しさとストレスのあまり、自分の頭のなかの空想の世界で
生きている人たちの世界です!


ちょっと想像し、考えてみてください^^

道を歩くときは無表情で目は虚ろ、ものすごく速く歩き
モノを落としても気づかず、誰かが困っていても
泣いていても気づかないか、気づかないふりをする。。

これを現実を見て、現実を生きているといえるでしょうか?


道端ににキレイな花があっても気付かず、興味もなく、感想もなく。
子どもが心を傷めていても気づかない親。
世界で飢えている人がいるのに平気で食べ物を無駄にする人。
環境破壊が起きている原因は消費社会だと知りつつ、消費をやめない消費者、販売者、国。

これを現実を見て、現実を生きているといえるでしょうか??


体調が悪いのにそれが普通だ、病気じゃないから健康だ、大丈夫だと思っている人。
子どものためにと一生懸命になるのに、子どもの住む将来の世界のことを心配しない親。

これが本当に現実を生きていると言えるのでしょうか???

これら、忙しさと心の貧しさ故に大切なことが見えなくなっている状態を指して
彼らは現実を生きていると言えるのでしょうか?;;

どう考えても夢か幻、妄想の中にいて現実を見ていないとしか言いようがない;;;



この夢の世界から抜け出すためには、日常生活の中で
何かおかしい?大切なことを見失っていないか?と疑問を持ち気づくことです^^

そうすれば、夢の世界から現実=スピリチュアルな世界へと
目覚めることができるんです^^

日常にあるすべての出来事、特に怪我、病気、不運などの良くないことの中にこそ
多くの学びが隠れています^^そして、人間、嫌なことがあるからこそ
良くしよう!良くないことが起きないようにしようと努力できる!
そういう意味でも良くないことは最高の学びなんです!^^

すなわち、学びの答えはその良くないことが起きないようにするにはどうしたらいいか?
というところにあります^^w

また、良いことの中にも学びはあります^^
ものすごく、嬉しく感動した状態こそが愛の状態
宇宙のエネルギーと繋がった状態だからです☆

良いことが起きた時の心の状態を常に思い出し、なるべくその状態を維持しようとすることで
宇宙とのつながりを強くする事ができます^^

そしてそして、何気ない普通の生活の中にも学びはあります^^

近所にキレイな花が咲いていることに気づくことも
隣に住んでる、怖そうなおじさんが実は心優しい一面があることに気づくことも
ちょっとした工夫で料理が美味しくなることを発見することも!

すべての気付き、すべての出来事、人生すべてが
学びであり霊性を高めるための魂の進化の道なんです^^


気付き、学ぶことによって夢の世界から目覚め現実を生きるようになった時
人間は愛に溢れ、幸せいっぱいに日々を楽しむことができるようになります!^^


スピリチュアリティとは超常現象や宗教的な世界観ではありません。


”スピリチュアリティとは、単にみんなが気づいていない、見えていない、ただの現実である”


あなたはすでにスピリチュアルな世界を生きている

あなたはすでに悟っている

すべての答えは目の前にある


ただ・・・・あなたが気づいていないだけ・・・・・。


スピリチュアリティとは幸せになるための学びである☆



Cheers!

  


Posted by Dice at 06:10Comments(0)

2013年12月11日

道教(タオ)の修行とスピリチュアリティ☆

おはようございます!!^^


これから、2回にわけて精神世界(スピリチュアリティ)と
現実との関わりの話をしていきたいと思います!^^


第一回目はまず道教の修行と教えについてお話しようと思います^^
それは道教(以下=「タオ」と表記します)の修行が
日常生活と精神世界を結ぶ教えを持っているからです!^^


まず、簡単にタオがどういうものか、お話しておきます^^
厳密な定義が知りたい方は、自ら調べてみてください^^



タオは古代中国の宗教・哲学思想の一つで、神仙術
つまりは仙人の哲学と修行を教えとしています☆
修行を通して、肉体を鍛え、精神を鍛え、自然と一体となり
最終的に道=万物を創造したエネルギー=宇宙のエネルギーと一体になり
ある種の悟りを得ることを目的としています!^^

道(タオ)とは万物を創造したエネルギーであると共に
この世界の根源的な運行法、法則でもあると言われます。

スピリチュアルな世界で言うところの愛や神がタオにおける「道」なんです!^^
つまり、タオの修行は愛のエネルギーとつながることを修行の目的としています!



それではタオの修行の過程を見てみましょう^^w

タオの修行は気功の修行でもあり、全部で5つのステップがあります!

「築基」(ちくき)

「煉精化気」 (れんせいかき)

「煉気化神」 (れんきかしん)

「煉神還虚」 (れんしんかんきょ)

「還虚合道」 (かんきょごうどう)


まずは一つ一つの文字の意味を解説しますね

「煉」=鍛えること

「精」=栄養分、物質的なエネルギー

「化」=変化させること

「気」=生命エネルギー

「神」=精神エネルギー

「還」=戻す

「虚」=宇宙のエネルギー

「合」=あわさる

「道」=宇宙の法則、真理、愛



それはでは、一つ一つの修行過程を見て行きましょう^^


「築基」

日常生活を整え、不摂生による精のエネルギーの浪費を避け、
健康的な食生活から「精」=栄養分を十分にとりいれること。
また、精神面では集中力を高め、心をコントロールする訓練を行う。
善い行いをして、良くない習慣から脱し、徳を高める。


この最初の修行段階は、日常生活をしっかりと整えて
よくして、修行のためのベースを作るステップです!^^
修行を継続していく上で、あとの修行段階においても
常にこの築基を実践していくことが必要だと言われます。




「煉精化気」

おへその下にある下丹田で精を鍛え、満たし、それを気=生命エネルギーに変える修行


気功の修行において、一番ベースになるエネルギー、物質的なエネルギーの精を鍛えて
たくさん増やすと丹田がエネルギーでいっぱいになり、溢れ出る☆
そして、溢れでたエネルギーは胸のあたりにある中丹田と呼ばれるエネルギーのたまり場へと流れ
エネルギーの質が物質的なエネルギーの精から生命エネルギーの気に変わる^^



「煉気化神」

胸の中丹田で気のエネルギーを鍛え、満たし
それを神=精神エネルギーへと変えていく修行

精を鍛える修行と同様に、気を鍛え増やし、中丹田が
いっぱいになって溢れると、気のエネルギーは
額にある上丹田へと流れて、神=精神エネルギーとなる。



「煉神還虚」

額の上丹田で神を鍛え、満たし、それを創造のエネルギー
虚無のエネルギーへともどしていく修行。


神という精神エネルギーまで鍛えたエネルギーを創造のエネルギーである
虚無のエネルギーに変えていく修行の段階で、そもそも、人間もこの世のあらゆるものも
虚無から生まれた。それゆえに、虚無へと還す(もどす)という表現を使う^^



「還虚合道」

虚無のエネルギーへともどすことによって、宇宙とつながり
真理=宇宙の法則、愛の法則を発見し、悟りを得る


最終的に虚無のエネルギーへと自分のエネルギーをもどす
ことによって自然=宇宙=道と一体となり悟りを得る。



この修業の過程は、万物の生成の過程をさかのぼるようになっています^^

虚無から神=精神エネルギーが生まれ
精神エネルギーから気=生命エネルギーが生まれ
生命エネルギーから精=物質が生まれた。

これがこの世の創世の過程なんです!^^


タオの修行ではこれを逆に

精 → 気 → 神 → 虚

とさかのぼっていきます^^


その過程を逆にさかのぼり、万物の創造の源である
道=神と一体になることを目的とした修行なんです^^


虚無=宇宙のエネルギー=愛のエネルギー


スピリチュアリティで言うところの愛の状態になるための
修行過程なんですねー^^タオの修行は☆


タオの修行は結果として、精神力、身体能力、洞察力
などの能力向上が見込める上に、不老長寿をも実現します^^

また、体感的に理解している人は愛の状態になる事自体が幸せであるということもわかると思います^^


スピリチュアリティとは幸せへの道であり
精神性だけでなく、物質世界、現実の世界においても
大いなる成果をだすことのできる、生き方です!^^w


今回、タオの修行を紹介したのはスピリチュアリティの大原則は最低限
日常生活を整えることが必要であることが記してあったからです^^

大昔の人がこの世の真理に気づき、日常生活のレベルから
魂のレベルにまで進化させる方法を見出していたことは
本当に素晴らしいことで、古代の中国人の偉大さがあかります^^


しかしながら、タオの修行や、その他、気功、ヨガスピリチュアルなエネルギーの修行などだけが
愛の状態、神と一体となれる道ではないということを次のブログでお話したいと思います^^w


続く☆


Cheers!

  


Posted by Dice at 17:26Comments(0)

2013年12月10日

みんなが気づかない、ありがちなイイワケ!^^

それは・・・・・・


「もう、歳だから・・・・・」

「まだ、若いから・・・・・」


もし、この言葉を自分に向けて使ったらイイワケです^^


これがもし、他人を見て言うのなら
相手を受け入れる受容と考えることもできるけど・・・・。



こんなに日常的に使われる、イイワケで
みんながイイワケだと思っていない、イイワケは
他になかなかないのではないでしょうか^^


私はもう歳だから・・・・・

と、イイワケする年配者は数え切れないくらいたくさんいます^^;

が、だから、なんなのでしょう?

確かに、歳をとれば、どうしたって肉体的には衰えます。
しかし、努力次第では若い人に負けないくらいの
健康な肉体を維持することはできるし、精神や知恵はいくらでも
鍛えようがある。生きてる時間が長い分、経験だってある。

70歳とかいう高齢のおじいちゃんが100kmマラソン完走するなんて話もあります。

何かをやらないイイワケにするにはちょっとばっかし、ずるいイイワケです;;

また、歳をとって、他人に勝てないからやらない??
勝てないからやらない、勝てないからおもしろくない。
そう考えているのなら、人生はとてもつまらないものになるでしょう。




一方、若い人!!!最近では

「自分はまだ若いから・・・・」

なんて、イイワケで逃げる人が多い!!!
昔はこんなことはなかったでしょう。


若くてもすごい人、賢い人はたくさんいる!!
世界のトップアスリートの大半は18歳、19歳ー20歳前半が多い!

数学天才少年やら、音楽の天才で世界で活躍している
若い人もいるし、ヘタな年配の大人なんかよりよほど
しっかりした考え方を持っている若い人も多い!!

確かに経験はどうしても年配の人には勝てない部分はある。
けれど、それにしたって普段から一生懸命生きて
学んでいれば、そこらの大人なんかよりもよほど質の高い濃密な経験を蓄積できる!


やろうとも、がんばろうとも、理解しようともせず
若いからできません、わかりません・・・・。

これはイイワケもいいとこです!!



年齢、そんなものは考えたって仕方のないことなんです!^^

何歳でもすごい人はすごいし、ダメな人はダメなんです。

ものすごく、長く生きてもどうしようもないヘタレな大人はたくさんいるし
若くてもすごく賢く、しっかりした子もいる!^^

それは一重に自分が今までどう生きてきたか?
それによって決まるんです!^^

年齢をやらないイイワケにして、行動しなければ
ますます、どうしようもない人間になっていくでしょう。


歳なんか気にせず、とにかくなんでもやってみる、何でも理解しようとする!!


そして、やってみると、だんだん、ワクワク楽しくなってきます^^☆
それが人生を楽しみ、自分を成長させる、人の道です^^w





Cheers!  


Posted by Dice at 09:17Comments(0)

2013年12月01日

個性と人格、体の歪み

だいぶ昔に個性に関するトピックを扱ったことがあったと思います^^
その時は個性を自分の才能や可能性という視点で考えました!

しかし、今回は個性をその人の特徴や性格として考えたいと思います☆


人それぞれが持つ特徴、性格というものは変えられない・・・・そう思いますか??^^

必ずしもそうではないです!

180度まったく逆になってしまうこともあるかもしれないし
ちょっとだけ変わることもあるかもしれない。
また、ほどほどに変わることもあるでしょう^^
しかし、人間は変わります!成長するし、進化します☆


最近、新しく勉強した心と人間の体に関する文献によると・・・・
人間の性格、タイプ、癖というものが人間の体にコリや張り、痛み、病気を
作り出しているというものです^^

でも、これは新しいトピックであると同時に、みんながよく普段から見て
知っていることでもあります^^

神経質な人はストレスを貯めやすく、病気になりやすいとか
のんびりした人は忘れっぽいとか、自己主張が強い自信家は
胸を張って堂々と歩き、控えめな人は肩をすぼめて歩く。
そんな特徴が体の癖を作り出し、その癖が体を歪め、痛みや病を作り出します^^

心の状態は姿勢や歩き方、癖などとして体に現れ
その体の癖がコリや張りを作り出し、痛みを作り、血流やエネルギーの流れを
妨げ、体内を少しずつ蝕んでいきます。

性格の違いによって、体の歪み方がみんな違っていて
それによって、血流やエネルギーの流れの滞る部分が変わり
それぞれみんな違った症状がでます^^w
そして、当然、似たようなタイプの人は似たような症状が出やすい。


さて、それでは個性というのは良くないのでしょうか??^^
個性があるおかげで、体を悪くしてしまうんだし、良くないのでしょう!
けれど、その前に、そもそも個性とは?いったい何なのか?
ってことから、考えねばなりません^^


これが非常に難しい。。。正直、今のおいらには説明しきれないかもしれません。
みなさんは個性というと、どういうものを指していいますか??

性格的・外見的な特徴、緊張しやすい、気楽、ゆったりしている、せかせかしている
気むずかしい、親しみやすい、フレンドリー、よそよそしい、明るい、うるさい
よくしゃべる、よく笑う、いつも暗い顔をしている、などなど・・・・

また、考え方や服装、化粧、好み、行動の癖、そういったものも個性と
一般的には言うかもしれません^^

みなさんは他になにか思いつきますか??


さて、今上げたモノは体に良い影響をあたえるものもあれば
良くない影響を与えるものもある^^しかし、笑う、明るい、フレンドリーなどの
一見、良い影響を与えそうなものでも、過剰になれば体を
傷つけることになる^^

中国医学においては明るさも過剰になって興奮度合いが強まれば
それは体のエネルギーを消耗し、傷つけることになる
というような考え方をします。

一番いいのがバランスのとれた中間の状態^^

そう考えると、無個性で感情を抑えたほうがいいのか??
というと、それも違う。感情を抑えれば、その分、エネルギーが滞って
体を傷めます。現代の日本人のようにみんな同じで無個性な
集団となることも決して体には良くない。

そう、感情を抑えるのではなく開放する。
これは野放しとは違います。感情を好き勝手暴走させるのではなく
自分の感情を認識して認めるということです^^
これは感情を表に出さなくてもできます☆

そして、個性について!これはおいらの個人的な意見なのですが
一見、個性に見える体と心の歪みがなくなって、初めてその人の個性が
表に出てくるのではないでしょうか??^^

例えば、おいらは昔、全く話さないといっても過言ではないくらいに
話すのが苦手でいつも姿勢が悪くムスッとした顔をしていて、暗い感じでした。
しかし、今は姿勢も理想型にだいぶ近づき、食事も変え、よく話すしよく笑う^^

以前の自分の状態は完全に体と心の歪みでした!^^;
そして、姿勢をただし、食事を変え、歪みが治ってきたからと言って
おいらの個性が変わることはありません!
真面目な基質、優しさ、動物、子どもが好きなどといった
昔からある特徴は一切きえません^^w

自分の今までの変化を考えると、やはり個性というのは
体の歪みの裏側に隠れて見えなくなっているといってもいいのかもしれない。

個性、それは必ずしも感情表現の起伏などではなく
あくまでその人の持つ純粋なる特徴、性質、好みなどなのだと思います^^w


精神と体は一見別のものに思えますが、こと、この世界においては
同じものと言ってもいいくらい密接につながっています。
切り離して考えることはできません。体が病んでいるということは
心も病んでいるということだし、心が病んでいるということは体も病んでいるということです。
どっちが先か?なんて話はなかなか区別できない。
同時かもしれないし、どっちか片方から始まったかもしれない。

いずれにせよ、もし、自分で心や体の異変に気づいたとしたら
それは体と心、両方に異変があると考えて間違いありません^^

そして、それは悪魔の仮面のようにあなたの本当の個性を覆い隠してしまいます;;


目指すべきは  ” 中庸 ” ” ニュートラル ” ” 心の開放 ”


中庸を目指すことは

あなたの個性を潰すことなく、あなたの本当の個性を見つけることができます^^



自分の心の歪みを見つけるのは非常に難しい。

ならば、まずは自分の体の歪みから治してみてはいかがでしょうか?^^

体の歪みを治しているうちに、心の歪みが何かみえてくるかもしれません☆



         ” 歪みなく真っ直ぐな人生を ”

  


Posted by Dice at 07:25Comments(0)