2013年10月23日

宗教の儀式とドラッグ、お酒☆

おはようございます!


今日のお題は宗教とお酒、ドラッグについて^^w
今回もまた、ひたすら持論に走ります☆


お酒や麻薬の類は古来より、宗教儀式や宗教組織の
中で使われてきました!それは、古代、お酒や麻薬が薬の
一種として使われており、僧侶や神父様など
宗教に携わる人間が医者替わりであった時代が
あったことも、お酒や麻薬が宗教の中によく出てくる由来でしょう^^

現在、リキュールとして一般に飲む用に出回っている
お酒の中にはハーブや薬草を漬け込んだお酒がたくさんあります!
その起源を見ると、大体がどこかの宗教団体によって
薬として作られた薬草酒だったりします^^


アブサン、ジン、イェーガーマイスター、トランブイ、カンパリ
アンゴスチュラビターズ、スーズ、ベネディクティンなどなど


あげたらキリがないくらいにたくさんあります^^


実際、今でもお酒、麻薬は西洋医学の病院の中でも
薬として使われています!消毒、麻酔などの用途で。


お酒とドラッグの文化が宗教の中で育ったのには
ほかの側面もあったのではないかと思います^^

それは宗教儀式や修行において、到達すべき究極の境地の
疑似体験をするための用途です!


たまーに耳にする、宗教儀式に使われるお酒やドラッグの意味・・・・

それは     「 神とつながるため 」


一種のトランス状態になり、無の境地、天との接続、宇宙のエネルギーとの接続
そういった状態を擬似的に体験するために使われていたのではないかと^^


人間の意識は多くの人の場合、常に緊張・混乱していて
集中力がなく、安定していない。。

そこで、お酒や麻薬の力を借りて余計な思考を頭から排除し
リラックスした状態を作って、ある種の無の境地を体験できるようにする!


本来は、お酒やドラッグの力を使わなくても訓練次第で
誰にでも到達できる境地!しかし、人間、一度も体験したことの
ないこと、記憶にないことというのは非常に実現しにくいもの!

そこで、お酒やドラッグの力を借りて、一度体験し
お酒やドラッグなしでその状態になれるように訓練することが
古代の宗教におけるお酒やドラッグの大きな役割の
一つだったのではないかと、勝手に推測するわけですww


しかし、実際にはお酒やドラッグを使って体験する状態は
あくまで疑似体験であり、神様や宇宙のエネルギーと実際に
つながるわけではないと、おいらは考えています^^

単に神様や宇宙のエネルギーとつながった時の
感覚が似ているということではないかと☆


古代の人々は一部の人を除いて世界全体で見ると
意識や魂のレベルが今よりも低かったため、そういう疑似体験が
必要だった^^けれど、今は昔よりも意識や魂のレベルがあがり
お酒やドラッグの力なしでも、普通にその領域まで到達できる
人が昔よりもはるかに多いような気がします^^w

現代科学に慣れ親しんだ今の社会においてさえ☆

むしろ、現代科学を知るからこそ、その反動とも言うべき
活動が盛んなのかもしれません^^



なぜ、人々はお酒を飲むのか??
なぜ、一部の人はドラッグにハマるのか??

それは気持ちいいから、幸せを感じられるからというのが
ある種共通した答えでしょう^^w


ですが、その擬似的な幸せ、擬似的な神様との接続のために
自分の体を壊す結果になってしまえば、本末転倒もいいところ。

そして、それはおれの中ではあくまで疑似体験であり
本当の意味での幸せでも神様と実際に接続できているわけでもない。


魂の進化、魂の成長と共に幸せを得るには
人間としての成長、進化、学びが必要不可欠です!^^

幸せをお酒やドラッグに頼る時代はそろそろ終わっても
いいのではないでしょうか☆


そんなものがなくても常に幸せを感じられる状態になれたら
こんなに幸せなことはないでしょう^^

体を壊すこともなく、むしろ健康になります!



社会における物質的な楽しみ、嗜みとして、社交のために
お酒はあっても悪くないとは思いますが、いずれにしても
過剰に摂取するべきものではないと考えます☆

どっちにしても、お酒もドラッグも生きていく上で
特別必要のないものです!^^


いわば、贅沢品、嗜好品!だから、古代の宗教においても
主に宗教儀式や薬として使われていたわけです^^
貴重品、霊薬、そういった認識です!



何かに依存しなければ生きていけない人生は辛いです。。



何かに頼るのではなく、自分の力で幸せの境地に至る!



    ” あなたはすでに悟っている ”


みんな、ただ、気づいていないだけ^^



Cheers!!
  


Posted by Dice at 06:53Comments(0)

2013年10月16日

価値観、考え方の違いは・・・ない?^^

ふと、思いついたことです^^


人それぞれ、価値観、考え方、モノの見方は違う・・・・


そう言います^^w
確かに、そうだと思ってました☆

けれど、実はそうじゃないんじゃないかと思いついたわけです^^w


価値観や考え方が違う場合・・・・
それはお互いに視野が狭い状態での話なのではないでしょうか^^



真理を探求していくと、あらゆることがひとつのモノに統合されていくことに気づきます。

というか、気がつくと全ての人は同じものを求め
この世の法則はどんな見方をしようと
どんな言葉の表現を使おうと変わることはなく
ただ、淡々と機能し、その通りに世界が動いている^^


ならば、すべての考え方、価値観に本来は違いなんて
ないのではないでしょうか?^^w
同じことを表現しているけれど、言葉が違うだけ!
視野が狭いと、本来同じもの、同じことであるはずの
価値観、考え方が全く別のものに見えてしまうだけではないでしょうか?^^

だとすれば、本来はみんな、もっとお互いに分かり合えるはず☆


とはいえ、現実には視野の狭い人がほとんどで
価値観や考え方の違いは実質存在するわけですが^^;;
それが例え視野が狭いゆえの幻であったとしても
気づかなければ、その人にとってはそれが現実。。。

なんだか、切ない話ではありますが・・・・^^;


そうは言っても、人が分かり合えないことはない!
と言うことだけは、わかりました^^w
分かり合えないとしたら、それは視野が狭いゆえ。
決して二人の意見が対立しているわけでも
合わないわけでもない^^

視野を広げ、大切なことが何か?物事の本質が何か?それに気づけば
お互いに分かり合えるし、争うこともないのではないでしょうか?^^w



人は視野が狭いゆえに幻想を作り出し
その幻想にとらわれて人は生きてしまいます。
そして、それが価値観や考え方の違いとして映ってしまう。。


けれど、本当は人は分かりあえる!^^



そのことが、実感として、みなさんに理解されることを願います^^☆



Cheers!!
  


Posted by Dice at 23:04Comments(0)

2013年10月07日

気の流れと凝り・張り☆


  ”  気  ”  英語では  ” Qi(チー) ”



英語の読みは中国語の発音に由来しています^^w


気とは生命エネルギーと考えられていて
体の中の経絡と呼ばれるエネルギーの流れるラインを
通って体を循環し、体の調子を整え、体を動かしているといわれます^^

そして、気が滞れば病となるとも言われ、鍼灸では
その流れを通すことを目的に行われます☆


さて・・・・気が滞るってどういうことなのでしょう??^^
ずっと考えてきて、いまいちよく分からない概念です。
今でもはっきりと分かっているわけではありませんが
少し気づいたことがあるので、その点を少しお話しましょう!^^

気が滞ると病となるとは言いますが
体の凝りもその病の一部だと考えます^^

そして、凝りという体の硬結部分を表す言葉は
別の解釈の仕方をすると、趣味に凝る、スポーツに凝る
というように特定の何かを継続的に集中して行うことを言います!

また、体の凝りもそれと同じく、同じ姿勢でずっといたり
同じ動作を繰り返したり、どこかに意識を集中していたり
するとでてきます^^


気の流れは流れていてこそ安定し、正常に機能するのです!
どこかに偏ったり、固まったりすると、その歪みは凝りを作ります^^
しかし、体を歪ませなければ動くことができません。
動くということはエネルギーの流れをゆがめる行為であると
同時にエネルギーを動かすポンプでもあります^^

ポンプがコンスタントに収縮しているうちはいいですが
ぎゅーーーーっと縮まったままの場所があったり、弛んだまま
のところがあったりすると、そこにエネルギーが溜まり凝りになります。

また、エネルギーが溜まるところがあると言うことは
エネルギーが不足しているところがあると言うことでもあります!
経絡を流れるエネルギーの量自体はそんなにすぐに
変わったりはしないからです。また、体のバランスを保つためにも
そのエネルギーの過不足の偏りは必要なモノでもあります。

自然体と呼ばれる状態以外では人間の体を支えるために
エネルギーの歪み、偏りは必要なのです。
そうでなければ、人間は体を維持できません。
が、そのまま偏ったままでいれば、凝りと不足になります。

この凝りのことを中医学では実と言い、不足を虚といいます^^
虚実の概念はもっと奥が深く、この一言で説明はできないのですが
ことこのケースにおいてはそういう捉え方です。



さて、体の凝りは気の流れの歪みによって虚実として現れる
というところまで、分かりましたでしょうか?^^

正直、セラピスト向けな内容なので分からない方も多いとは思います。
また、セラピストでも分からない人は分からないでしょう。

とにもかくにも、自分の覚書ブログなのでそのまま続けちゃいますww



気の流れと歪みのことを考えると、今まで疑問だったことも
納得のいく説明ができるようになります^^

なぜ、姿勢が悪い人でも激しく運動する人でも
凝らない人は凝らないのか??姿勢が悪い人でも
まったく凝らない、凝っても少しなんて人はたくさんいます!

けれど、一般的には姿勢が悪いと凝るといいます。

どちらも間違いではありません。
姿勢は気の流れの表れなので、姿勢が悪いということは
気の流れに偏りがあり、何かしらのその人の精神状態を
表すことが多いです。

しかし、姿勢が悪くても凝らない人というのは

「気にしていない」 のです^^w


多くの人は無意識に体の一部に ” 気 ” を集め
筋肉を緊張させます!それゆえに凝るのです!^^

凝らない人は一箇所に気を集めず、分散させます!

同じ悪い姿勢でもちょこちょこいろんな姿勢に変えて
気を流し、分散させるために凝らないんです!
そして、意識的にリラックスできる人は気の偏りを
作ることがありません!


結果、そういう人たちは凝らないんです^^



そう考えると、気の流れというのは人間の肉体より
精神の方により強く関係しているものなのかもしれません!


また、私がヨガをやっているときの話ですが
意識的に体内のエネルギーを流すイメージを作り
体の硬い部分にエネルギーを流すようにすると
すこし曲がるようになります^^

ピンと張っている部分が弛むんです!


体の凝り、張りはエネルギーの流れの良し悪しと大いに
関係していると思います!体の硬い人はエネルギーの流れが
良くないといってもいいかもしれません。
また、体の凝りのある人も同様です^^w

人間、どこかしら、硬い部分があります。
そして、例え体が柔らかくても凝っている人はいます。
それはどちらもエネルギーの滞りを示しているのではないでしょうか^^

逆に言えば、それらがなくなればある程度は
エネルギーの流れが良いことの目安になります^^

体の異常は体の表面から現れ、徐々に内部に浸透していきます!
体の凝り、張り、堅さを生まれつきだとか、普通だとか
思ってほおっておくことは体の歪みを放置し、最終的に
体の内部を痛める結果になりかねません^^


ぼくらが自覚できるのは主に体の表面の異常です!^^
そういうものを見つけたら、放置しないで何かしらの
トリートメントをすることが大きな病気や体調不良の予防に
なるとともに、身体機能を高めることにもなるでしょう!

気が滞る状態は考えすぎる状態であったり
体の動きが堅く、ぎこちない状態であったりします。
そういう状態では良いアイデア、良い動きはできず
スポーツでも勉強でも、仕事でも良い成果は出せません!^^

健康とは身体能力、思考能力の良し悪しにも関わってきます^^


人生をより楽しく、快適かつスムーズに生きるための基礎が
東洋医学における健康です!^^

健康な体を持って、最高の人生を歩んでみませんか??^^


Cheers!!



  


Posted by Dice at 11:59Comments(0)